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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2640号 判決

控訴人 株式会社第一銀行

被控訴人 作山喜久男

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、「債権者代位権の主張について、次の如く補充する。(一)、送金手続は極めて要式的な行為であるから、送金者と受取人との間には、送金の実質的内容を離れて、送金という単純な手続面における契約が存し得るのであつて、本件において被控訴人は、岩手県購買農業協同組合連合会(以下、県購連と 称する。)に対し、金員を送金するよう申し入れ、県購連はこれを承諾して本件電信送金を行つたものであるから、受取人たる被控訴人は送金者たる県購連に対し前示手続面上の送金契約に基き、本件送金を行わしめる権利を有する。この権利に基き、被控訴人は県購連に代位して、民法第四二三条の代位権を行使する。(二)、仮りに被控訴人が右送金契約に基く権利を有しないとしても、県購連は被控訴人宛に本件電信送金の取組を行い、且つ被控訴人宛に送金に関して打電したのであつて、これは送金方法について、県購連から被控訴人に対して契約の申込があつたものと認められ、被控訴人はこれを承諾したものである。そして遅くとも昭和二十四年七月頃迄にはこれに基いて送金契約が成立しているから、被控訴人は、右契約によつて生じた県購連に対する権利に基き県購連に代位して民法第四二三条の代位権を行使する。(三)、仮りに、右(一)、(二)の代位権の行使が認容されないとすれば、被控訴人は次のとおり主張する。県購連を合併した岩手県経済農業協同組合連合会(以下県経連と 称する。)は、控訴人が本件電信送金を被控訴人個人に支払うべきことを承認しすなわち被控訴人は県経連に対してかかる承認に基く債権を有している。よつて被控訴人は県経連に対する右債権に基き民法第四二三条の代位権を行使する。」と述べ、控訴代理人において、「被控訴人主張の債権者代位権が可能なためには、被控訴人が県購連に対し、県購連が株式会社岩手殖産銀行に対し、更に株式会社岩手殖産銀行が控訴人に対して、それぞれ電信送金契約上の権利を有することを要件とするところ、かかる権利が存在するとの被控訴人主張事実はこれを否認する。且又被控訴人が県購連ないし県経連に対し電信送金契約外の実質関係における債権を有するとのことも否認する。殊に控訴人は株式会社岩手殖産銀行との間の電信送金為替取引契約書(乙第二号証)の「電報送達紙を呈示したる者を本人と看做し之が支払を為すものとす」との条項に従い、株式会社岩手殖産銀行からの電信送金暗号電報による取組通知に符合する電報送達紙を呈示した者に支払つたので、株式会社岩手殖産銀行は控訴人に対して何らの権利を有しない。従つて被控訴人の代位行使すべき株式会社岩手殖産銀行の控訴人に対する権利は存在しない。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし原判決事実摘示中、原判決四枚目表一行目に「在京区」とあるのは、「左京区」と、同九行目に「領金口座」とあるのは、「預金口座」と訂正の上、引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一号証、(但し、偽造文書として提出)第二、第三号証(いずれも写)、第四ないし第六号証を提出し、原審並びに当審(差戻前)証人本田四郎、原審証人成尾延一、岡村正子、伊藤嘉一郎、菅原謙次郎、石橋和三郎、当審(差戻後)証人小原勝郎の各証言、原審並びに当審(差戻後)における原告(被控訴人)本人尋問の結果を援用し、乙各号証の成立を認め、控訴代理人は、乙第一ないし第五号証を提出し、原審証人川島弁三郎、岡村正子の各証言、当審(差戻前)における被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一号証は真正に成立したものである、甲第二、第三号証の原本の存在並びにその成立、第四号証、第六号証の各成立を認める、甲第五号証の成立は不知と述べた。

理由

仍つて被控訴人の第一次請求につき按ずるに県購連は昭和二十三年十二月十六日株式会社岩手殖産銀行に対し金百三十万円を、受取人を京都市左京区下鴨上川原町二十一番地川島弁三郎方被控訴人と指定して電信による送金を委託し、岩手殖産銀行は同日同銀行と控訴銀行との間の電信送金契約に基ずき控訴銀行京都支店に対し電信により金額並びに受取人を県購連の委託のとおり指定してその支払を委託したことは当事者間に争のないところである。しかして被控訴人は右の点について次の如く主張する。すなわち右電信送金契約はその指定受取人に直接請求権を付与する第三者のためにする契約であるから、被控訴人は昭和二十四年七月その代理人本田四郎を通じ控訴銀行京都支店に電信送金の支払を求め受益の意思表示をしたので、控訴銀行に対し右電信送金にかかる金員並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めるというのである。

思うに銀行業者は電信送金の依頼を受けた場合、自己の支店又は自己と取引ある銀行に対して、電信により、送金人の指定した受取人に支払をなすべきことを委託し、委託を受けた支店又は取引銀行はその受取人に対して支払をなすものであるが、この場合における法律関係は銀行間の慣行によつて定型化される傾向あるにせよ、なおその性質は抽象的、一般的に決すべきものでなく、具体的に決すべきものである。よつて岩手殖産銀行と控訴銀行との間の右電信送金契約の性質について検討するに、成立に争のない乙第一ないし第五号証によれば、両銀行間には電信為替取引契約が存在していたことを認め得るが、該契約は送金受取人に対する支払については、「取組通知に符合する電報送達紙を呈示したる者を本人と看做し之が支払を為すものとす」、と定め、又「電信送金為替受取人に対し被仕向店に於て保証人を立つることを請求したる場合相当の保証人なきときは其の支払を拒絶することあるべし」、と定めるに止るのである。よつて右両条項と電信送金の目的とを併せ考えて、送金受取人の法律的地位を判断するに、電信送金は特定人を以てその受取人と指定するものであるけれども、受取人が必ずしも支払の委託を受けた銀行と取引関係ある者でない以上、銀行は受取人と称する者に支払をするに当つて受取人たることを確めることを必要とし、ここにおいて「電報送達紙を呈示したものを本人と看做し」、これに支払うべきこととなり、受取人においても送金を受領するためには、電報送達紙を銀行に呈示することを必要とするに至るのである。従つて予め送金受取人と指定された者であつても、電報送達紙を呈示しない限り、銀行に対して送金の支払を請求し得ないこととなるのである。更に支払銀行においては、その裁量に基き受取人なりとして支払を求める者に対して、保証人を立てるべきことを要求することができ、若しこれに応じないときは、支払を拒み得ることは、前示条項によつて明かであり、かかることは受取人と称するものか真実の受取人であつても行われ得るものと解されるのである。而して右認定の事実を綜合すれば、予め送金受取人として指定された者と雖も、単に受取人と指定されたことのみに基いて、当然に支払銀行に対して支払を求め得るものでないことは明かであり、換言すれば銀行に対して支払を請求する権利を有するものとは認められないのである。而して第三者のためにする契約においては、第三者は受益の意思表示をなすことにより、諾約者に対して権利を取得するものである以上、前示電信送金における送金受取人は、かかる第三者のためにする契約の第三者に該当しないことは、明白である。従つて第三者のためにする契約の存在を前提とする被控訴人の請求は既にこの点において失当たることを免れない。

よつて進んで、被控訴人主張の予備的請求につき判断する。この点に関する被控訴人の主張は、畢竟訴外岩手殖産銀行が控訴銀行に対して送金受取人である被控訴人への支払を請求する権利を有することを前提とするものであり、控訴人はこれを争うところ前示乙第二号証及び右認定の事実を綜合すれば、岩手殖産銀行は控訴銀行に対して送金受取人に支払をなすべきことを委託したことは認め得るけれども、然も前示認定の如く電信為替取引契約上において、控訴銀行は送金受取人として指定された者に対して必ず支払を為さなければならないものでなく、却つて電報送達紙の呈示を必要とし又保証人を立てることを要求し得る以上、右契約は控訴銀行の岩手殖産銀行に対する関係においても控訴銀行が被控訴人への支払義務を負担していたものとは認められない。換言すれば本件の場合、岩手殖産銀行と控訴人との間の支払の委託は、岩手殖産銀行の計算において支払をなし得る権限を与えたに止り、特定人たる被控訴人に対する支払義務を課していたものではないのである。しかるに若し反対の見解をとるときは、控訴銀行は被控訴人がたとえ「電報送達紙を呈示」しなくとも、必ずこれに支払わざるを得ないこととなり、前示認定の事実と矛盾するに至るのである。

然らば岩手殖産銀行は控訴銀行に対し被控訴人への支払を請求する権利を有しないことは明かであり、従つてかかる権利の存在を前提とする被控訴人の予備的請求も亦理由がないものといわざるを得ない。

然らば被控訴人の請求を認容した原判決はこれを失当として取り消すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 松田二郎 猪俣幸一 沖野威)

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